生まれ変わりを超えた魂の物語~絆は永遠に。

生きるとは何か、人生とは何か。

生まれ変わりを超えた魂の物語~絆は永遠に。

 リンク元のブログの内容を簡潔に書きます。
私たちが生まれる前にどのような人生を歩むか決めてくると書きました。

 わたしは、妊婦さんのお腹にいる子に魂が宿った時ってのも分かります。
だから、
「あっ入ったな」って分かったときから、
わたしはその妊婦さんを注意して視ています。
病院で働く医療従事者に切迫流産が多いということも、
わたしが自分の能力を使うことに躊躇しない理由でもあるんだけど、
どちらかというと、双方の状態に気を付けている方が多い。

 過去に関わった方で、流産で別れた魂だった子が、またその方の元に生まれてきたというケースがあります。
そして、
結婚や出産をしない方の元に生まれてきたがっている魂が、その方の血縁のなかに生まれてくることも、
よくあること。
っていうところまでは、前の記事の通りです。

そして、ここからが本題です。

魂ってのはスーパーコンピューター並みに、 生まれる環境や家族、 人生で出会う人も配置してくる。

そして、自分を高めて波長が合うようになった人たちとも 出会えるようなことも用意されている。

私たちがこの世に生まれて産声を上げるとき、 魂は前世の記憶やカルマやすべての記憶を一旦記憶から消す、
忘却のシステムがはたらいて、この世に生まれてくる。

だから、人生の喜怒哀楽は魂にとっては大切な体験なんだよね。
この世の私たちは悲劇的な体験を遠ざけたがるけど。
魂はただ体験するためだけに生まれてくる。
人生のストーリーをおおかた決めてきた状態でね。

大きなトラウマを抱えているとき、オーラが凍結することがある。
オーラは絶えず流れているもの。
噴水のようにね。
だからそれが凍結するってことは、その人の現実は動かなくなるし、
そういう時は弱り目に祟り目のようなことが起きやすかったりする。

つらい体験をしている方たちにとって 歩き出せるまでに時間がかかることは承知の上だけど、
そんな方にこそ、
魂の真実を知ってほしいな、と思います。

自分を責めるとか否定するとか、自分が罰を受ければいいとか、
そういうのは全力でいらないから。
視点が変わると、そこにはまた違った魂の物語があったりする。

実際に苦しい思いをしている方に対して、
カルマだとか業(ごう)だとか因果とか、
そういうことを私は言いたくない。

わたしはその人が過去を見て生きることよりも、
前を向いて歩き出すことのほうが大切だと思っているから。

まだ、そういう認識が広がるのは時間がかかるな、ってのはある。
だけど、
医療の臨床で、
人の生死の向こう側にある世界を見てきたからこそ、
そこで苦しんでいた人たちと対話してきたからこそ、
私にできることがあるんじゃないかって、
それも引退を決めた理由なんだよね。

そういう方がセッションを申し込みされるときが、
タイミングなのだと思います。

乳幼児虐待や出産後放置とかが増えているのもあり、
ちょっと書くのをどうしようかと思ったのですが、
そういう事を助長したいのではなくて。

もし、引っかかって進めない思いがあるのなら、
一度、魂の足跡を知ってもいいんじゃないかな、と思います。

自分を責めるのではなくて、
前を向いて歩き始めてもらえたらな、って私は思う。
わたしがしていることが大多数の人間に受け入れられなくても、
わたしはどこかにいる誰かの背中が押せればそれでいい。

私は医療従事者として仕事してきたからこそ、
そういう所で向き合えたらな、と今は考えています。

リハビリ職として体だけにアプローチすることよりも、
魂の軌跡と命の奇跡を伝えたい気持ちの方が大きくなったから、
私はリハビリ職引退を決めたんだよね。

ただ、この先またどこかでバイトしてるかもしれないけど、
私の眼はいつも生死を超えた魂の物語を見てる。

レバナ先生が、 ヒーリングが大好きだからという理由だけで、
セッションでなくても
電車の中でもお年寄りや疲れた人のヒーリングをし
そういう人たちの背中を見てきたから、
今のわたしがある。

一人の人の悲しみを拭ったところで世界は変わらない。
だけど、
その人が見ている世界は確実に変わる。

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